19世紀の宜興で、明治日本の注文に応じて作られた器形「巨輪珠」。
具輪珠、倶輪珠とも呼ばれて、
水平壺と比べれるより「球」に近い縦長くて丸い身、口と球の間によく短いまっすぐな部分もあって、
口はほぼ太さの変化がない砲口になる器形。
最近の宜興でも、巨輪珠が日本が流行ってたことがよく知られて、
復刻、あるいは復刻の上に創作する(本作)動きがよく見られる(泉州の白磁作家にもよく見られる。
グレードの高い降坡泥(繊細で潤いに富む)で、
かなり薄く作られた。
古いものと違って、注ぎ口の真ん中は先端と根もとより締まっている。